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2006年9月15日 (金)

さよならの季節

Gハムのきなこが亡くなりました。
昨日の夜、小屋の入り口でぐったりしているのを見つけました。
そのときは意識は朦朧としながらも生きていたのですが、本日の朝4時には冷たくなっていました。

死に目には会えないと思っていたので、こうして彼女の最期を見届けられて良かったです。
我が家にお迎えしてから、最期の瞬間まで――見届けることができました。

巣の中に運ばれていた餌は大部分が食べられていたので、本当にギリギリまで食欲は保たれていたようです。
最期まで生きるしかない動物だったとしても、良く頑張ったと言ってあげたい。

うん、もう頑張らなくていいんだよ。
ありがとう。

今夏はたくさんの「さよなら」を味わいました。
夏に精一杯輝いて、静かな冬が来る前にみんな逝ってしまいました。
悪いことは重なるというより、死期というものがあるんだと思います。
もちろん、飼い主である私の力不足も痛いほど分かっています。

家にはまだまだ命輝き続けている子がたくさんおります。
彼らはこれから来る冬を生きて乗り越えるために、最後の追い込みです。

いなくなってしまった子の分まで頑張ろう。
彼らが残してくれたたくさんの経験と教訓を、今を生きる子達に活かしてあげたいです。
それが生き物を飼う人の責任であり、義務ですからね。

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昨日のきなこ。
もうすでに体温は低下の一途でした。
時々、反射的に身じろぎしたりはしてました。

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今朝、たくさん床材を敷いてやった巣の中で冷たくなっていました。

死んでしまった写真の掲載については賛否両論あるでしょうが、これも彼女が生きた証。
最初も最期も、誕生も死も、その全てがきっと命。

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コメント

最期までちあきさんに見届けてもらえて、きなこさんは
安らかに旅立って行けたのではないでしょうか。
死を避ける事はできないけれど、命って不思議ですね。

投稿: still | 2006年9月15日 (金) 19:46

★still様

必ずいつかは死んでしまうと知っていても、いざとなると悲しいですね。
これは何度経験しても絶対に慣れることはありません。
最期を見届けることができて本当に良かったです。

生き物飼育って常に命との向き合いですよね。

投稿: ちあき | 2006年9月15日 (金) 22:13

ご愁傷様です。ネズミ天国へいったんでしょうな。
そこにはワタクシのマカロニマウスやトビネズミなんかも居ることでせう。

投稿: 化野 | 2006年9月21日 (木) 02:58

化野>
癌という病気は辛いもんです。
知らないうちに死んでしまうのもそうだけど、日に日に弱っていく姿を見るのはこたえるね。
まぁ、悲しくない死なんてないんですよ、結局。

投稿: ちあき | 2006年9月22日 (金) 19:05

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